…などと供述しており

タナカのようなもの

乱暴なこの記事は3000字ちょいあります。

こんばんはタナカルイです。今日は真面目ぶって、少し先に予定している、初めてのわたしの自主企画イベントについて思うところを書いていけたらいいなと思ってiPhoneを手にしていますが与太話も多くなるかもしれない。話したいことがたくさんありすぎて、とっちらかってしまうかもしれない。それでも、この企画に込める思いを明文化しておきたい、しなければならない、と思って今フリック入力と戦っています。そして今のうちにアテンションを挟みますが、乱暴な物言いをします。独断と偏見と、音楽という概念、バンドマンへの最大限の敬意と愛を込めて。気に障る方も多いでしょう。それでも書かせてください、読んでください、何か思ってください。何か、してください。そう思いながら書きます。これはひとつのわたしの祈りの形であり、その企画もまたひとつの祈りです。


〓イベントの大枠: カッコイイツーマン
今回企画しているのは、とある実力派のバンドのツーマンイベントで、実力派と言ってもいろいろあるかなと思いますが今回はとくに「お客さんを楽しませる力があり、お客さんもそれをわかって連いてくるようなバンド」のことです。もちろん、カッコイイです。支持をすでに得て、これからどんどん大きくなっていく彼ら。でも、思惑としては彼らは「主役」ではない、というのが、とくに今回書きたいことです。

今回の企画では、2組の前に「オープニングアクト(以下OA)を用意していて、わたしにとってのメインアクトは実は、こちらのバンドです。わたしがライブハウスに通いながらどんどんどんどん強くなる思いがひとつ、それは「こんなにカッコイイバンドがたくさんいるのに、誰の目にも触れないなんて残念すぎる」いや「許せない」という気持ち。「誰の目にも触れない」なんて言い過ぎだと思われますでしょうか。事実です。お客さんが両の指に収まるくらいしかいなくて、その数人すらバンドマンで、他の出演者しか彼らを「目撃」していない、ということは、ザラにあります。彼らはバンドマンに聞かせたくて音楽をやっているのでしょうか、たぶん、違う。これは、そのバンドに力がないということでは全く以って無いと、ライブハウスに勤める者として断言します。すべてすべて、ライブハウスの責任です。どんなによいパフォーマンスをしても、「場」を、「お客さん」を用意するのはライブハウスの役割だとわたしは確信しています。どんなものを売っているのかわからないところには、お客さんは来ない。当たり前です。そしてそのマーケティングを、ライブハウスはもっともっともっともっとしなくてはならない。死ぬ気で。死ぬ気以下は怠慢だとすら思います。だって、「出てもらってる」んだから。「カッコイイから出て欲しい」と思って呼んでおいて、そのマーケティングを怠るなど本末転倒です。自宅に呼べ。
※今回はノルマ制度には触れずにおきます。

〓インディーズ、ライブハウスの現状
昔のことは、わかりません。少なくとも今、インディーズ業界はほとんど飽和状態と言っていいと見ていて感じます。クオリティの高いパフォーマンスをするバンドが多すぎるほどに存在し、そして、それを「発表する場」としてのライブハウスも腐ればいいのにと本気で思うくらいに多くあります。ゆえに、わたしが前述した「怠慢」は、当然の帰結です。だってみんなカッコイイもの。毎日死ぬ気でマーケティングなんてできない。ライブハウス側としてはそう。じゃあバンド側にとっては?ライブハウスのブッキングによる一晩は、たいてい5バンドで構成されています。自分たち以外の4バンドを、1組も聞いたことがない、ということが、実際に少なくない頻度で起こっているはずです。たとえ他の4バンドがめちゃくちゃカッコよくても、だってカッコイイバンドが多すぎるから、聞いたことがない。だから、例えば自分たちのお客さんに「この日はこういう人たちがいて、きっとこんな夜になるよ」って言えない。じゃあ誰が言うの?ってそりゃライブハウスが言うしかないじゃないですか、だって知ってて呼んでるんだから。

〓この段階での矛盾
「この日はこういう人たちがいて、きっとこんな夜になるよ」、わたしは先に、バンドが言うみたいに書きました。そして、それライブハウスが言わないとだめじゃんね、と言いました。でもここに矛盾がひとつあって、ライブハウスが「この日はこういう人たちがいて、きっとこんな夜になるよ」って言ったって誰にも届かなかったりするわけです。同じことをバンドが言う方が効果的だったりするわけです。それならバンドが言った方がいい、という話にもなりえますが、そういうことではない。ライブハウスが発言力をもっともっと持たなければ、持つように動かなければならない。一朝一夕にはいかないからこそ、今、今、まさにこの今なにか、しないといけない。そしてわたしにとっての「今なにか」こそ、長くなりましたが、今回の企画です。

〓立ち戻ってOAの話
ライブハウスに力がない(と敢えて書きます)今、代わりに力を持とうとしているのがきっと「イベンター」なのでしょう。「この人の企画なら、知らないバンドしかいないけど信頼してこの一晩を/このチケット代を預けられる」。そういう風に思ってもらうために、ライブハウスの代わりにお客さんとカッコイイバンドをつなぐために、イベンターさんたちはきっと、それこそ「死ぬ気で」動いている。そして、わたしにはまだその信頼がない。
だからこそ、第1回目のわたしの企画はツーマンです。甘えです。その2バンドの言葉には、動作には、力があります。信頼があります。その力を信頼をお借りしてはじめて、わたしはOAを務めてくれる1バンドを、より多くのお客さんにつなげることができる。わたしも死ぬ気で動きます、動いています、それでも、嫌な言い方をすれば「集客」の観点から見て、当日来てもらえるお客さん、わたしが「用意」できるお客さんの数は、2バンドに劣るでしょう。だからこそ、命を賭してでもこの2バンドの出演に漕ぎ着けました。現段階でのわたしの全力、わたしの本気です。

〓「発表する場」という表現
この段階は余談めの、バンドに対して思ってることなので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。
二段落くらいまえにライブハウスを「発表する場」と表現しましたが、これはわざとです。前述したように「聞いたことがないバンド」と一晩を預かったバンドは、MCなどで他のバンドについて言及しないことも多い。5ステージが分離し、「一晩」ではなくなってしまっている、そんなことがままあります。自分たちのお客さんは自分たちのお客さんでしかなく、他のバンドのお客さんは他のバンドのお客さんでしかないような。これはライブハウスのシステム自体の問題も含まれていますが、鶏か卵か、「目当てのバンドだけ見に来て、終わったら帰る」というお客さんが現に存在するからかもしれません。しかし、前述したように、お客さんはバンドを信頼している。「次のバンド、カッコイイから一曲だけでも見てってね」と一言言うだけでどれほど影響できることか。思ってないことを言えとは全く思わないし、お世辞や馴れ合いを求めているわけでもない。ただ、「一晩」を「5バンド」で預かっている、というマインドがもう少しだけお客さんに届いたら、それがバンドの企画(つまりバンド同士の面識のある夜)以外でももう少しだけ届いたら、と、お客さんのひとりとして、思います。今回の2バンドにも、お願いしていることの1つです。

〓おわりに
論点がたくさんありすぎる1エントリになったので、段落ごとのタイトルをつけるという慣れないことをしまして、読みやすくなっていなかったり却って読みづらかったりするかもしれない。最後まで読んでいただいてありがとうございます。音楽へバンドへ最大限の敬意と愛をこめて。以上です。